執行猶予(しっこうゆうよ)
【定義】
執行猶予とは、刑の言い渡しはするが、その全部または一部の執行を一定期間猶予する制度です。全部執行猶予の場合、執行猶予期間を何事もなく経過すれば刑の言い渡しが効力を失います。一部執行猶予の場合、刑の一部の執行を終えた後に執行猶予期間が始まり、その期間を何事もなく経過すれば刑が執行を終えた部分に減軽されます。
【解説】
(1)全部執行猶予
法律上、執行猶予が付く可能性のある刑は懲役、禁固、罰金の3種類ですが、その中で実例が圧倒的に多いのは懲役刑です。執行猶予のつかない懲役刑を「実刑」と呼びます。同じ懲役刑でも、実刑であれば収監・服役となり、全部執行猶予付きであれば帰宅して普通の生活を送ることができます。このため全部執行猶予が付くかどうかは被告人にとって重大な関心事であり、犯罪事実自体に争いがなく有罪が予想されるケースでは、社会内更生の可能性を強調するなど、全部執行猶予に向けた情状立証に重点が置かれることがよく見られます。 全部執行猶予に際しては1年から5年の執行猶予期間が指定されます。この期間中に後述の執行猶予取消しを受けることなく期間満了を迎えると、刑の言い渡しが効力を失い(刑法27条)、執行を受けなくてよいことが確定します。 全部執行猶予は初度の執行猶予(刑法25条1項)と再度の執行猶予(同条2項)に分けられます。再度の執行猶予は執行猶予中の再犯により再び執行猶予となる場合で、条件が厳しくなり、保護観察が必須とされます(刑法25条の2第1項)。
(2)一部執行猶予
2013年の刑法改正と新法「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」(以下「薬物法」)により、刑の一部の執行猶予の制度が創設され、2016年6月から実際に運用が開始されています。これに伴って、従来の「執行猶予」は刑の全部の執行猶予と呼ばれることになりました。一部執行猶予は、全部執行猶予と実刑との中間的な処遇を可能にすることで、再犯防止の実を上げようとするものです(刑法27条の2以下)。 特に薬物事犯においては、刑務所での施設内処遇だけでは依存症という根本原因を取り去るのに効果的でなく、社会内処遇との連携が重要です。そこで、薬物使用については初犯者・初入者(初めて刑務所に入る者)に限らず、累犯者であっても一部執行猶予を付けられることにしつつ(薬物法3条)、保護観察を必須としました(薬物法4条)。保護観察中は薬物依存克服のための専門的処遇プログラムを受けることが原則として義務付けられます(更生保護法51条の2)。
(3)執行猶予の取消し
執行猶予取消しには、一定の事由が生じれば必ず取り消される必要的取消しと、裁判所の裁量判断がある裁量的取消しとがあります。たとえば、執行猶予中の再犯で実刑判決を受けた場合は必要的取消しになり(刑法26条1号)、保護観察の遵守事項に違反した場合は裁量的取消しの対象になります(刑法26条の2第2号)。一部執行猶予の場合もほぼ同様です。 執行猶予が取り消されると、猶予されていた刑の執行を受けなければなりません。取消しの原因となった新たな犯罪について実刑が言い渡されたのであれば、その実刑が猶予されていた刑にプラスされて執行されることになります。
【参考条文】
刑法第25条第1項
次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。
1 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
第2項 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第1項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
刑法第25条の2
第1項 前条第1項の場合においては猶予の期間中保護観察に付することができ、同条第2項の場合においては猶予の期間中保護観察に付する。
第2項 前項の規定により付せられた保護観察は、行政官庁の処分によって仮に解除することができる。
第3項 前項の規定により保護観察を仮に解除されたときは、前条第2項ただし書及び第26条の2第2号の規定の適用については、その処分を取り消されるまでの間は、保護観察に付せられなかったものとみなす。
刑法第26条
第1項 次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第3号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第25条第1項第2号に掲げる者であるとき、又は次条第3号に該当するときは、この限りでない。
1 猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき。
2 猶予の言渡し前に犯した他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき。
3 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき。
刑法第26条の2
次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。
1 猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。
2 第25条の2第1項の規定により保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき。
3 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部の執行を猶予されたことが発覚したとき。
刑法第26条の3
前二条の規定により禁錮以上の刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消したときは、執行猶予中の他の禁錮以上の刑についても、その猶予の言渡しを取り消さなければならない。
刑法第27条
刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。
刑法第27条の2
第1項 次に掲げる者が3年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受けた場合において、犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められるときは、1年以上5年以下の期間、その刑の一部の執行を猶予することができる。
1 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者
3 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
第2項 前項の規定によりその一部の執行を猶予された刑については、そのうち執行が猶予されなかった部分の期間を執行し、当該部分の期間の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日から、その猶予の期間を起算する。
第3項 前項の規定にかかわらず、その刑のうち執行が猶予されなかった部分の期間の執行を終わり、又はその執行を受けることがなくなった時において他に執行すべき懲役又は禁錮があるときは、第1項の規定による猶予の期間は、その執行すべき懲役若しくは禁錮の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日から起算する。
刑法第27条の3
第1項 前条第1項の場合においては、猶予の期間中保護観察に付することができる。
第2項 前項の規定により付せられた保護観察は、行政官庁の処分によって仮に解除することができる。
第3項 前項の規定により保護観察を仮に解除されたときは、第27条の5第2号の規定の適用については、その処分を取り消されるまでの間は、保護観察に付せられなかったものとみなす。
刑法第27条の4
次に掲げる場合においては、刑の一部の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第3号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第27条の2第1項第3号に掲げる者であるときは、この限りでない。
1 猶予の言渡し後に更に罪を犯し、禁錮以上の刑に処せられたとき。
2 猶予の言渡し前に犯した他の罪について禁錮以上の刑に処せられたとき。
3 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないことが発覚したとき。
刑法第27条の5
次に掲げる場合においては、刑の一部の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。
1 猶予の言渡し後に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。
2 第27条の3第1項の規定により保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守しなかったとき。
刑法第27条の6
前二条の規定により刑の一部の執行猶予の言渡しを取り消したときは、執行猶予中の他の禁錮以上の刑についても、その猶予の言渡しを取り消さなければならない。
刑法第27条の7
刑の一部の執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したときは、その懲役又は禁錮を執行が猶予されなかった部分の期間を刑期とする懲役又は禁錮に減軽する。この場合においては、当該部分の期間の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日において、刑の執行を受け終わったものとする。
薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律
(趣旨)第1条
この法律は、薬物使用等の罪を犯した者が再び犯罪をすることを防ぐため、刑事施設における処遇に引き続き社会内においてその者の特性に応じた処遇を実施することにより規制薬物等に対する依存を改善することが有用であることに鑑み、薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関し、その言渡しをすることができる者の範囲及び猶予の期間中の保護観察その他の事項について、刑法(明治四十年法律第四十五号)の特則を定めるものとする。
(定義) 第2条第1項
この法律において「規制薬物等」とは、大麻取締法(昭和二十三年法律第百二十四号)に規定する大麻、毒物及び劇物取締法(昭和二十五年法律第三百三号)第三条の三に規定する興奮、幻覚又は麻酔の作用を有する毒物及び劇物(これらを含有する物を含む。)であって同条の政令で定めるもの、覚せい剤取締法(昭和二十六年法律第二百五十二号)に規定する覚せい剤、麻薬及び向精神薬取締法(昭和二十八年法律第十四号)に規定する麻薬並びにあへん法(昭和二十九年法律第七十一号)に規定するあへん及びけしがらをいう。
第2項 この法律において「薬物使用等の罪」とは、次に掲げる罪をいう。
一 刑法第百三十九条第一項若しくは第百四十条(あへん煙の所持に係る部分に限る。)の罪又はこれらの罪の未遂罪
二 大麻取締法第二十四条の二第一項(所持に係る部分に限る。)の罪又はその未遂罪
三 毒物及び劇物取締法第二十四条の三の罪 四 覚せい剤取締法第四十一条の二第一項(所持に係る部分に限る。)、第四十一条の三第一項第一号若しくは第二号(施用に係る部分に限る。)若しくは第四十一条の四第一項第三号若しくは第五号の罪又はこれらの罪の未遂罪
五 麻薬及び向精神薬取締法第六十四条の二第一項(所持に係る部分に限る。)、第六十四条の三第一項(施用又は施用を受けたことに係る部分に限る。)、第六十六条第一項(所持に係る部分に限る。)若しくは第六十六条の二第一項(施用又は施用を受けたことに係る部分に限る。)の罪又はこれらの罪の未遂罪
六 あへん法第五十二条第一項(所持に係る部分に限る。)若しくは第五十二条の二第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪
(刑の一部の執行猶予の特則) 第3条
薬物使用等の罪を犯した者であって、刑法第二十七条の二第一項各号に掲げる者以外のものに対する同項の規定の適用については、同項中「次に掲げる者が」とあるのは「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律(平成二十三年法律第 号)第二条第二項に規定する薬物使用等の罪を犯した者が、その罪又はその罪及び他の罪について」と、「考慮して」とあるのは「考慮して、刑事施設における処遇に引き続き社会内において規制薬物等に対する依存の改善に資する処遇を実施することが」とする。
(刑の一部の執行猶予中の保護観察の特則) 第4条
第1項 前条に規定する者に刑の一部の執行猶予の言渡しをするときは、刑法第二十七条の三第一項の規定にかかわらず、猶予の期間中保護観察に付する。
第2項 刑法第二十七条の三第二項及び第三項の規定は、前項の規定により付せられた保護観察の仮解除について準用する。
(刑の一部の執行猶予の必要的取消しの特則等) 第5条
第三条の規定により読み替えて適用される刑法第二十七条の二第一項の規定による刑の一部の執行猶予の言渡しの取消しについては、同法第二十七条の四第三号の規定は、適用しない。
2 前項に規定する刑の一部の執行猶予の言渡しの取消しについての刑法第二十七条の五第二号の規定の適用については、同号中「第二十七条の三第一項」とあるのは、「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律第四条第一項」とする。 更生保護法 (特別遵守事項) 第51条第1項 保護観察対象者は、一般遵守事項のほか、遵守すべき特別の事項(以下「特別遵守事項」という。)が定められたときは、これを遵守しなければならない。
第2項 特別遵守事項は、次条に定める場合を除き、第五十二条の定めるところにより、これに違反した場合に第七十二条第一項、刑法第二十六条の二 、第二十七条の五及び第二十九条第一項並びに少年法第二十六条の四第一項 に規定する処分がされることがあることを踏まえ、次に掲げる事項について、保護観察対象者の改善更生のために特に必要と認められる範囲内において、具体的に定めるものとする。
一 犯罪性のある者との交際、いかがわしい場所への出入り、遊興による浪費、過度の飲酒その他の犯罪又は非行に結び付くおそれのある特定の行動をしてはならないこと。
二 労働に従事すること、通学することその他の再び犯罪をすることがなく又は非行のない健全な生活態度を保持するために必要と認められる特定の行動を実行し、又は継続すること。
三 七日未満の旅行、離職、身分関係の異動その他の指導監督を行うため事前に把握しておくことが特に重要と認められる生活上又は身分上の特定の事項について、緊急の場合を除き、あらかじめ、保護観察官又は保護司に申告すること。
四 医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的知識に基づく特定の犯罪的傾向を改善するための体系化された手順による処遇として法務大臣が定めるものを受けること。
五 法務大臣が指定する施設、保護観察対象者を監護すべき者の居宅その他の改善更生のために適当と認められる特定の場所であって、宿泊の用に供されるものに一定の期間宿泊して指導監督を受けること。
六 善良な社会の一員としての意識の涵養及び規範意識の向上に資する地域社会の利益の増進に寄与する社会的活動を一定の時間行うこと。
七 その他指導監督を行うため特に必要な事項
(特別遵守事項の特則) 第51条の2第1項
薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律第四条第一項 の規定により保護観察に付する旨の言渡しを受けた者については、次条第四項の定めるところにより、規制薬物等(同法第二条第一項 に規定する規制薬物等をいう。以下同じ。)の使用を反復する犯罪的傾向を改善するための前条第二項第四号に規定する処遇を受けることを猶予期間中の保護観察における特別遵守事項として定めなければならない。ただし、これに違反した場合に刑法第二十七条の五 に規定する処分がされることがあることを踏まえ、その改善更生のために特に必要とは認められないときは、この限りでない。
第2項 第四項の場合を除き、前項の規定により定められた猶予期間中の保護観察における特別遵守事項を刑法第二十七条の二 の規定による猶予の期間の開始までの間に取り消す場合における第五十三条第四項 の規定の適用については、同項 中「必要」とあるのは、「特に必要」とする。
第3項 第一項の規定は、同項に規定する者について、次条第二項及び第三項の定めるところにより仮釈放中の保護観察における特別遵守事項を釈放の時までに定める場合に準用する。この場合において、第一項ただし書中「第二十七条の五」とあるのは、「第二十九条第一項」と読み替えるものとする。
第4項 第一項に規定する者について、仮釈放を許す旨の決定をした場合においては、前項の規定による仮釈放中の保護観察における特別遵守事項の設定及び第一項の規定による猶予期間中の保護観察における特別遵守事項の設定は、釈放の時までに行うものとする。
第5項 前項の場合において、第三項において準用する第一項の規定により定められた仮釈放中の保護観察における特別遵守事項を釈放までの間に取り消す場合における第五十三条第二項の規定の適用については、同項中「必要」とあるのは、「特に必要」とし、第一項の規定により定められた猶予期間中の保護観察における特別遵守事項を釈放までの間に取り消す場合における同条第四項の規定の適用については、同項中「刑法第二十七条の二 の規定による猶予の期間の開始までの間に、必要」とあるのは、「釈放までの間に、特に必要」とする。
【関連用語】